ヒグマの社会


 北海道において、ヒグマはとても身近な存在です。特に近年は、ヒグマが市街地に出没した、家畜や農作物が食べられた、ヒグマと出会って事故が起きてしまった、といったニュースを耳にすることも多いのではないでしょうか。こうした人とヒグマのあつれきを起こさないためには、ヒグマと人間が適切な距離を保って暮らすことが重要です。そのための手段の一つとして個体数を管理することがあります。しかし、実効性のある管理の実施には、対象地域の個体数だけでなくその増減や増減の要因、つまり個体群動態について知る必要があります。

個体群動態

 みなさんは、現在北海道にヒグマが何頭いるかご存知でしょうか?1960年代には、ヒグマによる人身・家畜・農作物被害を軽減するため、ヒグマ捕獲が推奨されていました (間野 2020)。第二次世界大戦後は、森林開発による生息地の環境改変と減少、さらには1966年から開始された春グマ駆除による捕獲が開始されたことによって、ヒグマの個体数の減少と分布域の縮小が進みました (北海道 2022)。1980年代になって個体数の著しい減少と地域的絶滅が懸念されたことから、絶滅を回避するため1990年に春グマ駆除を廃止するとともに、ヒグマの排除から共存へと政策を転換した結果、ヒグマの個体数は回復しつつあります。

 北海道ヒグマ管理計画(第2期)(北海道 2022) によると、1990年の春グマ駆除廃止後の30年ほどで個体数は約2.2倍に増加し、2020年度には北海道全体で11,700頭のヒグマが生息しているとされています。ただし、北海道がヒグマの管理単位に定めている5つの地域のうちの2地域、積丹・恵庭地域と天塩・増毛地域は、今なお絶滅のおそれのある地域個体群(LP)に環境省のレッドリストで指定されています。

     

 このようにヒグマは、あつれき抑制対策による個体数削減から政策転換による個体数の回復、増加を経て現在に至っていて、人身被害・人里への出没・農業被害の減少と絶滅の回避との両立によって共存を目指すこととしています (北海道 2022)。捕獲に当たっては、絶滅を回避するための捕獲上限を決める必要がありますが、そのためには個体数とその増減、さらに増減の原因を把握する必要があります。     

 しかし、ヒグマの正確な個体数を調べることは簡単ではありません。ヒグマは行動範囲が広く単独で行動して人目を避けることから観察が難しいので、シカの群れの個体数を数えるような調査 (飯島 2016) ができません。そのため、モニタリングによって捕獲された個体の数や性別、年齢などを調べるとともに、初産年齢、出産数、出産間隔などの繁殖パラメータや、死亡率、特定の調査地域における生息密度などを、生け捕りして電波標識した個体の追跡調査や目視観察、ヘア・トラップと呼ばれる山中に仕掛けた有刺鉄線で集めた毛のDNA情報などによって推定しています。そして、これらのモニタリングや様々な調査で得られたデータを活用しながら、個体群の動向を探っているのです (北海道 2022)。

齢査定

 個体群動態を把握する上で重要なのが、年齢査定です。クマの年齢がわかれば、死んだときの年齢や個体群の年齢構成を知ることにつながります。例えば、出産可能なメスが何頭いるのかという情報を知ることができれば、より高い精度で個体群動態を推測できるでしょう。従来は歯根部のセメント質に形成される層を数えることで年齢査定が行われてきました (米田 1976)。この方法では、抜いた歯を薬剤に漬けて柔らかくし、薄くスライスした切片を染色したものを顕微鏡で観察し、年輪を数えます (図1)。ただし、高齢になるほど年輪が増えて年輪同士の幅が狭くなり観察が困難になるため、正確な年齢を推定するのは難しくなります。実際に、北海道で捕獲されたヒグマは年齢査定が行われた結果、若いクマが多く捕獲されていることなどが明らかになっています (釣賀, 間野 2008)。最近では、ヒグマの血液のDNAを用いて年齢を推定する方法も開発され (Nakamura et al. 2023) 、毛や糞での応用も試みられています。

 クマの年齢査定法がさらに発展すれば、個体数を示したグラフだけでなく、年齢、性別、年齢層毎の個体数の情報も含まれた、クマの人口ピラミッドを見られる日が来るかもしれません。

 

図1. 満22歳と査定されたヒグマの犬歯の年輪(間野勉氏撮影)

行動追跡

 人目を避けて山の奥深くで暮らすヒグマの生態を調べることは簡単なことではありませんが、個体の行動を追跡することができれば膨大な情報を得ることができます。例えば、ヒグマがどこで生活しているのか、どのような場所を好むのか、どのぐらいの時間食べて寝ているのか、それらが季節や年によってどう変わるのか、どのように人里や農地へ侵入するのか、などといった様々な知見を得ることが可能です。

 

 野生動物の行動追跡には、動物に電波発信器を装着して電波を頼りに位置を特定する方法が使われます。日本では、1977年に初めてヒグマの調査においてこの手法が試みられました (林 2010)。クマで主に用いられているのは、Very High Frequency(以下 VHF) とGlobal Positioning System(以下 GPS)です。VHFは動物に取り付けられた発信器から発せられる電波を3方向から測位し、対象動物の位置を特定します。機材は比較的安価ですが、位置を特定するための追跡作業に大きな労力がかかります。このため、最近ではGPSが広く利用されています。これは、衛星からの信号を用いて動物の位置を非常に正確に把握するシステムです。機材は高価ですが、データ取得にかかる労力は小さく、さらに大量のデータを得ることができます (佐伯, 早稲田 2006)。また、発信器によってはカメラが付いていて動画を撮影できたり、加速度の情報から移動スピードを算出することができたり、気温を測定したりできるものもあります。

 

 クマの行動追跡のためには、捕獲して発信器付きの首輪を装着する必要があります。一般的にはドラム缶を利用して作った特殊な捕獲用檻に捕らえ、吹き矢等を用いて麻酔薬を投与します。また、野外で発見したクマを麻酔銃で眠らせることもあります。その後、口輪やロープで手足を保定し不動化した後、発信器がついた首輪を装着します。麻酔の拮抗薬を投与され覚醒した後、クマは普段の生活に戻ります。GPS付き首輪の場合は、それ以降、決められた時間・頻度で位置情報を測定したりカメラで動画を撮影したりして情報を蓄積します。情報を得るには、衛星通信で遠隔でデータを受信する方法と、首輪を直接回収する方法があります。首輪の回収には、再捕獲するか首輪に装着された脱落装置を利用します。その場合、指定した期間が過ぎた後自動で首輪が落ちるように脱落装置を設定することもあれば、首輪から発信される電波を頼りにある程度近づき、無線機で脱落装置を作動させて落とすこともあります。回収した首輪は再利用することができます。

 得られたデータを解析すると、この章の最初に述べたような生態に関する様々な知見を得ることができます。ヒグマの行動圏や人里・農地への侵入ルートを明らかにできれば保護管理に大きく役立てることができるはずです。さらに、将来的には、追跡個体の位置情報を行政や市民と共有し、人里に近づいたら警報を出したり追い払ったりするシステムを構築できるかもしれません。

 

図2. 知床のヒグマに装着された首輪で撮影された映像。

上部に映り込んでいるのはクマの下顎。上はヒグマが見ている風景、下はシロザケの捕食を写している。(北海道大学獣医学研究院野生動物学教室提供)

(執筆:中村汐里、監修:間野勉)

おすすめ文献リスト

  • 佐藤喜和. 2021.アーバンベア となりのヒグマと向き合う. 東京大学出版会. 東京.
  • 坪田敏男, 山﨑晃司 編. 2011. 日本のクマ ヒグマとツキノワグマの生物学. 東京大学出版会. 東京.
  • ヒグマの会. 2023. これからの10年 ヒグマと向き合うグランドデザイン【詳細版】. ヒグマの会. 北海道. 

 

参考文献

  • 間野勉. 2020. 第11章 現代社会におけるヒグマ. ヒグマ学への招待【自然と文化で考える】 (増田隆一, 編) pp. 247–268. 北海道大学出版会, 北海道.
  • 北海道. 2022. 北海道ヒグマ管理計画(第2期). https://www.pref.hokkaido.lg.jp/fs/9/7/1/9/7/3/1/_/%E5%8C%97%E6%B5%B7%E9%81%93%E3%83%92%E3%82%B0%E3%83%9E%E7%AE%A1%E7%90%86%E8%A8%88%E7%94%BB(%E7%AC%AC2%E6%9C%9F).pdf
  • 飯島勇人. 2016. シカ類の個体群動態の推定における状態空間モデルの有用性. 日本生態学会誌. 66: 351–359.
  • 米田政明. 1976. エゾヒグマの年齢査定と齢構成. 哺乳動物学雑誌: The Journal of the Mammalogical Society of Japan. 7: 1-8.
  • 釣賀一二三, 間野勉. 2008. 北海道渡島半島におけるヒグマ保護管理計画とモニタリング. 哺乳類科学. 48: 91–100.
  • Nakamura, S. et al. 2023. Age estimation based on blood DNA methylation levels in brown bears. Molecular Ecology Resources. 23: 1211–1225.
  • 林秀起. 2010. PART2 ヒグマ研究の最前線:最新手法とその成果. ヒグマとつきあう:ヒトとキムンカムイの関係学 (ヒグマの会 30周年記念誌編集委員会, 編) pp. 33–46. 総北海, 北海道.
  • 佐伯緑, 早稲田宏一. 2006. ラジオテレメトリを用いた個体追跡技術とデータ解析法. 哺乳類科学. 46: 193–210.